ハイランドとローランドの境ティ川右岸に位置するパースに、トーマス・サンデマンが酒商サンデマン商会を創業したのは1825年。創業者の死去に伴い、1837年にはジェームズ・ロイとアレックス・ミラーに事業は引き継がれた。

1845年、”希代の名ブレンダー”といわれたアーサー・ベルが入社する。後に共同経営者となり、1960年代からは名ブレンダーとして名を馳せることになるのだが、入社当時は外回りの営業マンとしての採用だった。しかし、この頃のウイスキー業界は大きな転換期を迎えていた。

サンデマン商会が創業した前年の1824年、酒税法改正によりグレンリベット蒸溜所が政府公認第一号の蒸溜所となり、長く続いた密造酒時代が終わりを告げた。これを契機に認可を受けた蒸留所が次々と誕生した。1831年には、連続式蒸溜機が実用化され、グレーンウイスキーの生産が開始した。

1853年には、アンドリュー・アッシャーが初のブレンデッドウイスキーを発売した（厳密には、複数のモルトウイスキーのみを混合してつくられたヴァテッドモルト）。1860年には酒税法改正により、異なった蒸溜所のモルトの混合が可能となりました。

「ベル　オリジナル」にはユニ
オンジャックラベル版もあり、
派手なデザインが目を引く。

これでブレンデッドウイスキー製造の素地は整ったのだが、世に出回るものといえば未熟成なモルトとグレーン原酒をブレンドしただけの粗悪なものばかりでした。アーサー・ベルはこの現状から、ブレンデッドウイスキーに将来性を感じます。それはしっかりと熟成させたモルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドすれば、より上質で多くの人々に愛されるウイスキーがつくれるのではないかと。

まあここまでのことなら、多少なりとも目端の利くひとならば思いつくかも知れませんが、肝心なのはそれを実行に移せるかどうか。そこで、アーサー・ベルの営業マンとして培ったスキルが活かされます。

スコットランド中の蒸溜所を回り、上質なモルトウイスキーとグレーンウイスキーを探し回りました。こうしてつくられたブレンデッドウイスキーは、当然それまでのものとは一線を画す味わいとなり、評判を呼びました。それでもアーサー・ベルが不思議なのは、元々は営業マンであるにも拘らず、苦労の末につくられたブレンデッドウイスキーにブランド名も付けず、宣伝すらも行わなかったという。”品質を以て語らしめる”というのが信条だったようですが、それでも売れていたのですから余程自信があったのでしょう。

1863年には、ウイスキー業界では初めてのロンドンに代理店を置くまでになり、アーサー・ベルの2人の息子も会社の経営に携わることになりました。1895年、サンデマン商会から「アーサー・ベル＆サンズ社」に社名変更。息子のAKがベルズの名前で販売を開始し、1904年には「ベルズ・エクストラ・スペシャル」を発売する。

この頃には、国内だけにとどまらず、北アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、セイロン（現スリランカ）、南アフリカまで販路を拡大。1920年代から30年代にかけ、現在も主要モルトとなっているブレア・アソールを始め、ダフタウン、インチガワーの蒸溜所を傘下に収めた。1942年、ベル一族は経営から離れ国際企業となり、1985年からはギネスグループ傘下となり、現在はディアジオ社系列となっている。

ベル社のモットーに【afore ye go】という言葉がある。「旅立ちの前に」とは「汝らいざ進め」といった意味だが、これから戦地に向かう兵士たちにベルのウイスキーを届けたことに由来しているという。アーサー・ベルが乾杯の前に口にした言葉で、ボトルのキャップにも印字されている。