新しい時代の「トリアエズビール」
我々オヤジ世代には大変馴染んだお約束の言葉、
「トリアエズビール」、または略して「トリビー」。
日本を訪れた外国人が、居酒屋で入ってくる日本人客が次々とこの言葉を口にするのでそんな名前のビールがあるのかと思ったのだとか。また、ビールメーカーが本気で新製品にこの名前を付けようとした、という話もあります。(実際、2010年4月1日に厚木市の地ビールメーカー、サンクトガーレンが、エイプリルフールの特別企画として1日限定で「とりあえずビール」という名で販売したことがある。)
「トリアエズ」とは何とも便利な枕言葉、「まずはビールを持ってきて、料理はその後に頼むから……」という意味が込められています。
英語にすると「beer for now」ですが、「I’ll take a beer for now.」とか「I'll just have a
beer for now.」といった言い方にするとより自然だとか。
その他にも、
「I'll start with a beer. 」
「Let's start off with a beer!」
「I'll just have a beer for the time being.」( ”for the time being”とは「当面」とか「当分の間」といった意味)
「I'll have a beer first.」(”first”が入ることで「料理は後で頼みますよ」というニュアンスが加わる)
といった言い方もあります。英語にはこの他にもさまざまな言い方があり、そう考えると「トリアエズビール」とはなんとも便利な常套句と言えます。
しかし近年はこの「トリビー」が、ビールを好まない人への強制と捉えられることもあり、若者を中心に敬遠されるようになりました。
「トリアエズビール」という言葉も、いづれ長い時間をかけて死語になってゆくのかも知れません。
もともと「トリアエズビール」は皆で同じものを飲むことで、会社やグループ内での帰属意識を確認するという黙契のようなものでした。
何より我々がお酒を飲み始めた頃には、頼むにしてもお酒の種類が少なく、居酒屋にあるのはメーカーの異なるビールがせいぜい2種類くらい、あとは日本酒か焼酎、もしくは国産ウイスキーぐらいのものでした。
ですから、乾杯に相応しいお酒となるとビールぐらいしかなく、「トリアエズビール」もある意味必然だったのかも知れません。
その後、チューハイブームやカクテルブーム、日本酒の品質向上に海外ウイスキーの輸入増や国産ウイスキーの台頭、焼酎ブームもありましたしワインもまた当たり前のように店頭に並ぶようになりました。ビールの世界でもドライビール旋風に地ビールブームなど、さまざまな波がおとずれました。
これだけ飲むお酒の選択肢が増えたのですから、いつまでも「トリアエズビール」でないのも分かります。
そして2018年4月、日本のビール業界にも革命ともいえる変革が起きました。
酒税法の改正により、麦芽比率が下げられ副原料の幅が広がったのです。
それまでのビールの定義は、
・麦芽、ホップ、水、および麦その他の政令で定める副原料を原料として発酵させた、アルコール度数 20 度未満のもの。ただし麦芽比率は67%以上、となっていました。
それが2018年4月以降は、麦芽比率が50%以上となり、そして副原料として使えるものが一気に増えました。以前使用できる副原料は麦、米、とうもろこし、こうりやん、ばれいしよ、でんぷん、糖類などだけでしたが、これまで使用できなかった果実、果汁、香辛料などの副原料も、麦芽の重量の5%の範囲内であれば使用可能となりました。
追加された副原料は、
① 果実(果実を乾燥させ、若しくは煮つめたもの又は濃縮した果汁を含む。)
② コリアンダー又はその種
③ ビールに香り又は味を付けるために使用する次の物品
・ こしょう、シナモン、クローブ、さんしょうその他の香辛料又はその原料
・ カモミール、セージ、バジル、レモングラスその他のハーブ
・ かんしょ、かぼちゃその他の野菜(野菜を乾燥させ、又は煮つめたものを含む。)
・ そば又はごま
・ 蜂蜜その他の含糖質物、食塩又はみそ
・ 花又は茶、コーヒー、ココア若しくはこれらの調製品
・ かき、こんぶ、わかめ又はかつお節
となっています。
簡単にいえば、麦芽比率が50%以上、上記の副原料に定められたものを規定内だけ使用したものは「ビール」となり、それ以外は「発泡酒」となります。あえて発泡酒を定義するとなると、麦芽またはその麦を原料の一部として、発泡性を有するもので麦芽比率は50%以下であればいくらでもかまいません。
さらにかつては「第3のビール」、現在では「新ジャンル」と呼ばれる「ビール系飲料」あるいは「ビール風アルコール飲料」ですが、これらは原料に麦芽を使用していないものと、発泡酒に別のアルコール飲料を混ぜたものとに分けられます。
めんどうな話になりましたが、このことで法律上「発泡酒」と表示せざるを得なかったさまざまなスタイルの輸入ビールや地ビールが、堂々と「ビール」と名乗れるようになったのです。
「ビール」の持つバリエーションの広さは無限大。
ワインと同じような古い歴史を持ちながら、今なお新しいビアスタイルが生み出され続けています。
その中から、自分好みのビアスタイルの銘柄を探すだけでも一苦労。
「ビールは苦いから……」
とおっしゃる方でも、ビール好きにさせる可能性を秘めています。
その多彩な味わいを知れば、乾杯から締めまですべてをビールで楽しむこともできます。ひょっとしたら「トリアエズビール」は、次の時代を迎えているのかも知れません。
世に出回っているビール銘柄すべてを紹介することはできませんが、ひとつでも多くこのサイトに掲載できればと思っています。